第25回 健康生成論
人間の健康状態は、「健康状態」と「健康破綻」を両極とする1本の線でつながっています。健康破綻の方向に引っ張るのはマイナスの力。長時間労働、高過ぎる営業目標、会社での人間関係……、そんなマイナスの力に引っ張られると、どんどん元気がなくなり、しまいには病気になってしまう。これが健康破綻です。
一方、元気になる力は健康状態の方向に引っ張るプラスの力です。元気になる力に引っ張られれば、どんどん元気になり人生が豊かになります。たとえマイナスの力に引っ張られる状況になっても、元気になる力で引っ張り返せばいいのです。
このような考え方を「健康生成論」といい、健康社会学者であるアーロン・アントノフスキー博士が提唱しました。博士はナチスの収容所から生還した人々を対象に行った健康度調査から健康生成論を導きました。
ナチスの収容所といえば財産を奪われ、家族と引き裂かれ、家畜同様の扱いを受け、満足な食事も与えられず、極寒の中で過酷な肉体労働を強いられるマイナスの力だらけの過酷な環境です。
たとえ生還したとしても、そんな経験をした人が正気ではいられません。調査に参加した人のほとんどが社会に適応できず、精神健康度が低下してしまったのです。
ところがその中に、心の健康を保っている人が29%もいました。彼らは、収容所の経験は「自分の人生には必要なもので、意味ある経験だった」と語ったのです。
なぜ、彼らは元気でいられたのでしょうか? なぜ、彼らは過酷な経験に意味があるなどと言えたのでしょうか?
ある人は「私は地下組織に参加し、武器の使い方を学ぶことで正気を保った」と語り、ある人は「一緒に立ち向かう仲間が私を支えた」と語り、またある人は「もう一度家族に会うためにひたすら耐えた」と語りました。彼らはそれぞれの元気になる力に支えられながら、困難を乗り越え、人間的に成長したのです。
豊かな人生を送るために必要なのは、逆境から逃げることではありません。辛い状況も自分の成長にするという「元気になる力」を備えることなのです。