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第39回 「人間にはどのくらいの土地が必要か(欲と現実)

ロシアの文豪トルストイの物語に、こんな挿話があります。
ある男が働いてようやく得た金で土地を買おうと思い立ち、地主を訪ねました。

地主は、こう言いました。
「日の出から日没までに歩くことのできた土地をあなたのものにする。ただし、日没までに村に戻ること。戻れなければ土地はあなたのものにならない」

男は朝日が顔を出すと同時に懸命に歩きました。歩けば歩くほど、自分が手に入れる土地はどんどん広がっていきます。昼を過ぎ、さらに時間が経ち、そろそろ引き返さなければ間に合わないとは思いつつも、男はなかなか戻る決断ができません。
「もう少しだけ歩けばもっと良い土地が得られる」と考えてしまったのです。

そのうち太陽はいよいよ傾き、空が赤く染まりはじめたころ、男はやっと事態の深刻さを悟りました。そして男はあわてて道を引き返しはじめました。自分はかなり遠くまで来てしまったと感じながらも、日没までに戻ることができれば大地主になれると心を躍らせ、地主のもとへ急ぎました。

男がようやく地主の姿を認めたのは、夕陽がほとんど沈みかけている時でした。男は困憊した身体にむち打ち、必死で歩き続けました。そして、まさに日が落ちたというその瞬間、男は地主のもとにたどり着きました。

地主が祝福の言葉をかけましたが、男はその場に倒れ込んだまま起き上がることができませんでした。そして、そのまま帰らぬ人となりました。村人たちはこの哀れな男のために墓をつくりました。男に最終的に必要だったのは、わずか数メートル四方の自分を埋葬する土地だけでした。